歴史と伝統に育まれた「尚美堂の心」

尚美堂は、100年以上にわたって商都大阪の中心地淀屋橋で、御堂筋の銀杏並木とともにお客様に愛され、信頼される店舗として発展してまいりました。これも全て、皆様の温かいご支援と神のご恩寵によるものと思っております。

明治33年(1900年)

初代 江藤栄吉郎

明治33年(1900年)3月15日、創業者である江藤栄吉郎は、23歳の頃、大阪の中心地である淀屋橋の南詰めに「尚美堂」を設立しました。創業当時から、時計だけでなく、貴金属や装身具、美術工芸品なども幅広く取り扱うなど、多角的な視野で店舗を運営。週休制を採用し、日曜日には静かに教会で聖書の研究をする大阪商人でした。

業績は順調に伸び、昭和12年に御堂筋が開通すると、その表通りに出るという幸運にも恵まれました。しかし、戦時中の奢侈禁止令を経て、昭和20年3月の大空襲では全てが灰燼に帰してしまったのです。

尚美堂イメージ

明治33年(1900年)~大正元年(1912年)

昭和21年(1946年)

二代目 江藤順蔵

二代目、江藤順蔵は創業の年、明治33年(1900年)に生まれ、昭和21年に社長に就任。戦後の混乱期でしたが、キリスト教の精神で苦難を乗り越え、大阪府時計貴金属眼鏡商業協同組合の初代理事長や全日本時計貴金属眼鏡小売組合連合会副会長、並びに近畿時計宝飾眼鏡小売組合連合会会長に就任し、業界の発展に尽くしました。

その結果、昭和48年には、「勲五等双光旭日章」を叙勲されています。

尚美堂イメージ

大正元年(1912年)~昭和16年(1941年)

昭和36年(1961年)

三代目 江藤基雄

三代目、江藤基雄は、昭和36年に専務取締役に就任しましたが、49歳という若さで亡くなりました。その間、全国宝石学協会の常任理事や日本青年会議所の初代宝石時計部会長として、わが国における宝石学教育の普及に努めました。

平成4年(1992年)

四代目 江藤光哉

四代目、江藤光哉は、父親の基雄専務が若くして亡くなったことから、昭和52 年に大学から、直ぐに尚美堂に入社。祖父や父親の業績を継ぐ形で、平成4年に取締役社長に就任しました。その後、時計、宝石貴金属業界の発展に力を入れ、大阪府時計宝飾眼鏡商業協同組合の副理事長や、社団法人日本ジュエリー協会の副会長を歴任いたしました。

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昭和16年(1941年)~平成26年(2014年)

平成23年(2011年)

五代目 江藤泰江

五代目、江藤泰江は、2011年夫光哉の急逝により、急遽社長の座につき、社内改革、新商品導入、本社・ショールームの移転を敢行し、商工会議所女性会に積極的に参画するなど、見事に尚美堂経営のバトンタッチに成功しています。

平成26年(2014年)

六代目 江藤克二

六代目、江藤克二は、2014年7月新生尚美堂をスローガンに代表取締役社長に就任し、新規顧客の拡大、とりわけ過去の海外経験を生かして、海外顧客の開拓にも取り組んでいます。

尚美堂イメージ

平成26年(2014年)~

「伝統の力」と「歴史に育まれたエレガンス」を大切にし、「いいものだけを愛したい」、「いいものだけをお薦めしたい」という尚美堂の“心”で、今後も皆様に愛される商品を提供してまいります。

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